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ビジネスパーソンのための地政学入門

第28号 なぜ北朝鮮はグアムへのミサイル発射をやめたのか?

金正恩氏は8月15日、グアムへのミサイル発射計画に関し、「アメリカの行動をもう少し見守る」と述べ、すぐにはミサイルを発射しない意向を示しました。これらの意味合いについて考えてみたいと思います。

 

 

金正恩はなぜグアムへのミサイル発射をやめたのか

今回北朝鮮がこのような態度を示した背景を探るために、直近の出来事を振り返ってみましょう。(日本時間で表示)

 

7月4日       北朝鮮大陸間弾道ミサイル「火星14」を発射

7月28日     北朝鮮が深夜に再び「火星14」を発射

8月6日       国連安保理は全会一致で追加制裁を採択。北朝鮮からの石炭等輸入禁止含む

8月10日     北朝鮮が米領グアム付近に弾道ミサイルを発射する計画を発表

8月11日     トランプ大統領が「軍事的解決の準備は整っている」とツイッターで発言

8月12日     トランプ大統領と習主席が電話会談

8月13日     トランプ大統領が中国との貿易不均衡是正を目指し、通商法301条に基づく調査開始を発表。中国での知的財産権侵害に切り込む

8月14日 中国が国連制裁を履行し、北朝鮮からの石炭、鉄鋼等の輸入禁止を発表

8月15日 マティス米国防長官がグアムを狙うミサイルが発射された場合「撃墜」と言明

8月15日     アメリカが対北朝鮮追加制裁に石油供給禁止を含める可能性示唆

8月15日     金正恩氏が「米国の行動を見守る」とし、ミサイル発射を回避

 

8月6日の国連追加制裁決議を受けて、北朝鮮はグアム近辺へのミサイル発射計画を発表します。これはICBMではありませんでしたが、明確に米国領近辺を目標としたことで、米政権内でも「グアム攻撃の場合は軍事行動も辞さない」との論調が見られるようになります。

本来であればこれは「核実験」でもなく、「ICBM」でもないのですが、米国領をターゲットとしていたことで、グレーゾーンを超えてレッドライン(=軍事行動を起こす境界線)に割り込みつつあったと言えます。

これに対しトランプ大統領は軍事行動示唆による威嚇はもちろんのこと、中国に対する圧力を強めます。ついには通商法301条に基づく知的財産権侵害調査を始めるとし、中国に実効的な圧力をかけました。

中国側としても、今は北戴河で秋の党大会に向けて人事を巡る重要会議が開かれている真最中であり、習主席としてもここで下手を打つわけにはいかなかったのでしょう。すぐさま国連制裁の履行を表明します。

アメリカはそれでも手を緩めず、追加経済制裁には北朝鮮の生命線である「石油供給禁止」を含める可能性も示唆しています。

さすがにこれには金正恩氏も参ったのかどうかはわかりませんが、その後すぐに「米国の行動を見守る」と発表し、グアムへのミサイル発射計画に関して軟化姿勢を示しました。

 

アメリカは中国・北朝鮮に対して圧力だけではなく、対話も呼び掛け

以上に加えて8月14日、マティス米国防長官とティラーソン米国務長官が連名でウォール・ストリート・ジャーナルに寄稿。「ドナルド・トランプ政権は国際社会からの支持のもと、北朝鮮に外交的および経済的な圧力をかけることで、完全かつ検証可能で不可逆的な朝鮮半島の非核化と北朝鮮の弾道ミサイル開発プログラムの解体を目指している」と述べました。

また、外交的・経済的圧力を強調しつつも同時に「わが国は外交を通して北朝鮮に方針を改めさせることを優先しているが、その外交は軍事的選択肢に裏打ちされている」と述べ、米国は軍事的選択を留保しつつも、対話を求める姿勢を明確にしていました。

この寄稿は、金正恩氏の態度を軟化させるうえで、効果があったのかもしれません。金正恩氏としても、一方的に米国の圧力に屈したと見られるような決断はしづらいでしょう。米国が対話を求める姿勢を明確にしたことで、金正恩氏としても緊張緩和に動く口実ができたとも言えます。

 

それでも「朝鮮半島の非核化」を前提条件とする限り、対話は始まらない

しかしまだまだ予断は許しません。北朝鮮は、グアムへのミサイル発射はいつでも決断可能な状況にあるとしています。また、対話を求めると言っても、対話を始める前提条件が整っていません。

これまでも筆者が再三述べてきた通り、米国は「朝鮮半島の非核化」を求めていますが、北朝鮮がそれを前提とした交渉に応じるとは考えにくいところです。突破口があるとすれば、前提条件を「ICBM実験の停止」とすることでしょう。

今月21日から米韓合同軍事演習が始まります。中国は対話の前提条件として「米韓合同軍事演習の停止」を求めています。21日まで、米国、北朝鮮、中国がどのような手を打つのか、まだまだ緊張は緩みそうにありません。

 

参考文献

Chun Han Wong, “North Korea, Trump’s ‘Fire and Fury’ Leave Beijing With Few Options”, The Wall Street Journal, Aug 11 2017

“Key Events in the North Korea Criss”, The Wall Street Journal, Aug 14 2017

「【寄稿】北朝鮮に選択を迫る=米国防長官・国務長官」The Wall Street Journal, Aug 14 2017

Ankit Panda, “North Korea Won't Be Striking the Waters Near Guam. For Now”, Diplomat, Aug 15 2017

北朝鮮、ミサイルを移動か マティス米国防長官、ミサイルがグアム直撃コースなら「撃墜する」」産経新聞 2017年8月15日

「米、国連の対北朝鮮追加制裁に石油供給停止含める可能性=外交筋」ロイター、2017年8月15日

“North Korea Backs Off Guam Missile-Attack Threat”, The Wall Street Journal, Aug 15 2017

金正恩氏「米行動もう少し見守る」 ミサイル発射巡り」 日本経済新聞、2017年8月15日