ジオエコノミクス・レビュー™

ビジネスパーソンのための地政学入門

第29号 アメリカは北朝鮮と対話する気があるのか!?

第27号にて、「もう1つ、北朝鮮が提供し得る譲歩があります。それは上述の「②アメリカから先制攻撃を受けたとしても反撃できる能力」に関わるものです」と述べました。今回はその意味について考えたいと思います。

 

朝鮮半島の非核化」を前提条件から外せるかが、交渉への第一歩

北朝鮮も、アメリカも、まず第一に外交交渉による解決を望んでいるでしょう。それが現時点で難しい理由は、「朝鮮半島の非核化」に関する見解の相違です。

北朝鮮金正恩氏は、イラクフセイン大統領やリビアカダフィ大佐が、体制を転換させられるのを目の当たりにしてきました。その原因は、核兵器を持たなかったからだと考えているようです。

つまり、金正恩氏にとって非核化は、イコール、いつでもアメリカが北朝鮮の体制を転覆させられる状況にあるということであり、到底受け入れることはできない選択肢です。

他方、アメリカ側は「非核化」を旗印にしてきました。北朝鮮を核保有国として認めるわけにはいかないということです。基本的にはその点に関して譲歩はできないという立場ですが、外交誌等では、北朝鮮が核を有していることを前提に、核を使わせない方策を考えた方が良いという論調も見られます。(The Diplomat, Jul 28 2017)

仮にアメリカ側が百歩譲って「朝鮮半島の非核化」を交渉の前提条件から外した場合、27号で述べたように、北朝鮮としては「ICBMの実軌道での実験禁止」という妥協案を提示することができるでしょう。

 

北朝鮮の「報復能力」も交渉の材料となり得る

仮にそのような前提条件で交渉を始めたとして、アメリカ側から見れば、もう1つポイントがあります。

それは北朝鮮による「報復能力の獲得」です。すなわち、仮にアメリカ側が先制攻撃を仕掛けて北朝鮮の核ミサイル基地を破壊しようとしても、北朝鮮が大規模な反撃=報復を実施する能力があるならば、それはアメリカに先制攻撃を思いとどまらせる材料となります。

7月28日の北朝鮮によるミサイル発射実験はこの点を突いています。

敢えて深夜に、しかもこれまでは想定されていなかった場所から発射することによって、北朝鮮は「報復」ないし「奇襲」能力があることを示そうとしたと言われます。もっとも、これに関して韓国は事前に察知していたとの情報もあり、本当に「報復」「奇襲」能力を獲得したと言えるかは議論の余地があります。

通常、第二撃=報復能力としては、潜水艦が着目されます。実際、北朝鮮が2月に発射した「北極星2」は、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)であり、北朝鮮は報復能力の獲得を目指しているものと思われます。

このSLBMについてはまだ開発途上であり、ICBMほどの完成度には至っていないようです。だからこそ、「SLBM実験の凍結」も北朝鮮としては交渉カードになり得るかもしれません。もちろん、北朝鮮側から見れば「報復=第二撃」能力はアメリカに先制攻撃を思いとどまらせる切り札でもあり、相当な決断が必要になることは確かです。

 

まずは米韓合同軍事演習と、北朝鮮建国記念日(9月9日)に注目

そうした状況を鑑みつつ、まず当面は21日から実施されている米韓合同軍事演習に対する北朝鮮の反応と、9月9日の北朝鮮建国記念日の動向に注目が集まります。はたして何らかの大きな動きがあるのでしょうか。

参考文献

平井久志「2つのレッドラインを超えた金正恩氏(下)「石炭輸入」を中止した「中国」の真意」Foresight 2017年3月3日

Jon Wolfsthal, “Give Up on Denuclearizing North Korea”, The Diplomat, Jul 28 2017

六辻彰二「北朝鮮が「ICBM奇襲発射」で得たもの:冷戦期ソ連との比較から」 Yahoo!ニュース 2017年7月30日 https://news.yahoo.co.jp/byline/mutsujishoji/20170730-00073898/ 

平井久志「北朝鮮「今ある脅威」ICBM(上)来年にも米本土「奇襲」可能に」Foresight 2017年8月7日