ジオエコノミクス・レビュー™

ビジネスパーソンのための地政学入門

第32号 年内の北朝鮮有事はあるのか!?

年末から来年にかけて高まる朝鮮半島の軍事的緊張

10月28日午前、日米の政府関係者や有識者が国際関係や安全保障について話し合う「富士山会合」(日本経済研究センター、日本国際問題研究所共催)が始まりました。日本経済新聞によれば、小野寺防衛大臣は「残された時間は長くない。今年の暮れから来年にかけて、北朝鮮の方針が変わらなければ緊張感を持って対応せねばならない時期になる」と述べ、今年末から来年にかけて緊張が高まる可能性を示唆しました。

また、森本拓殖大学総長(元防衛大臣)は「米国が針で刺すような(限定)攻撃をして北朝鮮を脅かすことを中国が受け入れるかがカギとなる」と述べ、米国による限定攻撃の可能性を示唆しました。(日本経済新聞10月28日参照)

北朝鮮有事はあるのでしょうか。

基本路線は外交的解決だが、年内は3つのシナリオを想定すべき

北朝鮮、米国ともに外交的解決を目指すのが基本路線です。そのことを前提として、今後年末にかけてのシナリオは大きく3つに分けられます。それは、対話か、対決か、膠着です。すなわち、

  • 対話=急転直下、米朝対話開始
  • 対決=米国による北朝鮮先制攻撃
  • 膠着=持久戦に突入

米朝対話開始のハードルは高いが、トランプ大統領の心変わりや北朝鮮の態度軟化の可能性あり

マティス米国防長官は28日、韓国訪問中に「北朝鮮の核保有は認めない」と述べました(ウォール・ストリート・ジャーナル、2017年10月28日)。これは米国の一貫したポリシーですが、北朝鮮としては到底受け入れられない条件であることは、再三述べてきた通りです。したがって、現時点では、急転直下の対話開始の可能性は低いと言えるでしょう。

ただし、交渉による北朝鮮の非核化の可能性は低く、米国安保当局者の間では、北朝鮮の核使用をどう抑止するかに議論が移行しているとの報道もあります(選択 2017年10月号)。その意味では、トランプ大統領が突如方針を変更する可能性も否定できません。

また、北朝鮮朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」は、「国家核戦略はすでに最終完成のための目標が達成された段階」とする論説を掲載しました。9月15日のミサイル発射時には完成には至っていないとの認識を示していました。最終完成には、その後少なくとも1~2回のミサイル発射実験が必要と考えられていましたが、その後北朝鮮によるミサイル発射は確認されていません。今回の対応は、北朝鮮の態度の軟化を示唆している可能性があり、対話への道を開くきっかけとなる可能性があります。

米国による先制攻撃の可能性はゼロではないが、(年内は)低い

常識的に考えれば、米軍にも相当の被害が想定される軍事的行動は控えるでしょう。5月の記者会見でマティス国防長官が語った通り、「信じられないほどの規模の悲劇」をもたらします。

ただ、トランプ大統領と金正恩氏という、常識では測り切れない行動をとる2人であることが、問題を複雑にしています。また、両軍がにらみ合う中で、偶発的な軍事的衝突の危険性も高まっています。

実際、軍事行動の予兆はあります。

まず、米中協力による南北統一後のシナリオ構築がかなり進んでいるとの報道があります。(ビジネスインサイダー 2017年9月29日)

次に、在韓米陸軍が極秘に日本本土への撤収を準備しているとの報道もあります。これは、北朝鮮有事の際に必要とされるのは空海軍が中心で、かつ、北朝鮮からの報復があった場合、陸軍は人質に取られかねないためだそうです。(FACTA 2017年11月号)

さらに、米国は非公式ではあるものの「個人資産の韓国からの引き上げ」を勧めたとのレポートがあります。(産経新聞 2017年10月22日)

加えて、トマホークがいつでも北朝鮮領内を狙い撃ちできるように配備されています。(The Foreign Policy 2017年10月18日)

また、9月23日に米国はB-1B爆撃機とF15戦闘機を「今世紀で最も北まで」飛行させています。このとき北朝鮮のレーダーが作動したかどうかは定かではありませんが、1969年には米軍の偵察機が撃墜されています。

もっとも、その時米国は4隻の空母を派遣しつつも、軍事行動には至っていません。1969年の状況と比べても、元航空自衛官の宮田敦司氏によれば、「米軍の北朝鮮への牽制はまだ及び腰」(プレジデント・オンライン2017日10月15日参照)なのだそうです。

なお、北朝鮮が先制攻撃を仕掛ける可能性も、現時点では低いでしょう。北朝鮮が最終的に勝利する可能性はほぼなく、かつ、まだ窮鼠猫を噛むほどには追い込まれていないからです。

以上、軍事行動の予兆はありつつも、現時点では本当の緊張状態に至っているとは言い難いようです。

北朝鮮は長期戦の準備も

そうなると、最も可能性が高いのは、長期戦突入です。Foresightの平井氏の記事によれば、10月の新人事において、金正恩氏は重要ポストを自身の側近で固めるとともに、「自立経済」実現のために経済面での人材を補強したようです。8月の国連安保理決議がきちんと履行された場合、北朝鮮経済に与える打撃は大きいため、それを乗り切るための措置と考えられます。これは米朝対立の長期化を見越したものと言えそうです。

逆に米国としては、経済制裁で電力等インフラに打撃を与えつつ、追加の核実験やミサイル実験に関しては軍事行動も辞さない強い態度(と実効性のある準備)に出ることで、北朝鮮の譲歩を迫る考えかもしれません。

いずれにせよ、私たちも突然の対話開始、軍事作戦の勃発も想定しつつ、長期化にも備える必要があるでしょう。

参考文献

岡田充「【スクープ】北朝鮮有事に備える中国のシナリオー想像以上に進む米中協調と核管理」 ビジネスインサイダー 2017年9月29日

「急転「米朝対話」はありうる」 選択 2017年10月号

宮田敦司 「米軍の北朝鮮への「牽制」はまだ及び腰だ」 プレジデント・オンライン 2017年10月5日

Dan De Luce, Jenna MClaughlin and Elias Groll, “Armageddon by Accident,” The Foreign Policy, Oct. 18 2017

「「韓国から個人資産の移動勧める」 非公式警告したトランプ政権高官は「申し分のない立場の人物」」 産経新聞 2017年10月22日

「「在韓米軍」が日本本土へ撤収」 FACTA 2017年11月号

「防衛相、北朝鮮情勢「年末に金箔も」富士山会合開幕」 日本経済新聞2017年10月28日

Gordon Lubold And Jonathan Cheng, “US Won’t Accept a Nuclear North Korea: Defense Secretary Mattis,” The Wall Street Jounal, Oct. 28 2017

「<北朝鮮>「核戦力目標達成の段階」初報道 対応変化示唆か」 毎日新聞 2017年10月28日