ジオエコノミクス・レビュー™

ビジネスパーソンのための地政学入門

特別編:日本企業8大グローバル・リスク 2018年版

あけましておめでとうございます。

新年を迎えるにあたって、2018年のグローバル・リスクをリストアップしました。お正月の読み物として頂けましたら幸いです。

ジオエコノミクス・レビューの考える8大リスクは以下の通りです。

 

政治的リスク
1. 北朝鮮危機
2. 米国のリーダーシップ溶解、新たな「冷戦」勃発
3. 習近平と「シャープ・パワー」
4. 中東再編に伴うエネルギーリスク

 

経済的リスク
5. 世界経済秩序の転換
6. 安全保障政策の影響増大
7. 中国の不良債権問題噴出・不動産バブル崩壊
8. 金融危機

 

本年もよろしくお願い申し上げます。

※詳細は以下のリンクからご覧いただけます。
https://www.slideshare.net/ShinyaFujimura/8-2018

第33号 北朝鮮に中国特使派遣:今後の注目日程

11月17日、中国側の特使が北朝鮮に派遣されました。米朝対話についても議題に上ったと見られています。今後、以下の日程が注目されます。

 

11/20の週前半

アメリカが北朝鮮を「テロ支援国家」に再指定するか判断

再指定を先送りすれば、北朝鮮からも好反応があり、対話に向けた話し合いが進んでいると考えられます。

 

12月中旬

韓国の文大統領が中国訪問

 

2

韓国・平昌で冬季オリンピック開催

 

3

米韓が朝鮮半島近くで、定例となっている合同軍事演習を実施する見通し

 

2月までに対話の機運が盛り上がらなければ、3月に合同軍事演習が実施され、再び緊張が続くことになりそうです。

第32号 年内の北朝鮮有事はあるのか!?

年末から来年にかけて高まる朝鮮半島の軍事的緊張

10月28日午前、日米の政府関係者や有識者が国際関係や安全保障について話し合う「富士山会合」(日本経済研究センター、日本国際問題研究所共催)が始まりました。日本経済新聞によれば、小野寺防衛大臣は「残された時間は長くない。今年の暮れから来年にかけて、北朝鮮の方針が変わらなければ緊張感を持って対応せねばならない時期になる」と述べ、今年末から来年にかけて緊張が高まる可能性を示唆しました。

また、森本拓殖大学総長(元防衛大臣)は「米国が針で刺すような(限定)攻撃をして北朝鮮を脅かすことを中国が受け入れるかがカギとなる」と述べ、米国による限定攻撃の可能性を示唆しました。(日本経済新聞10月28日参照)

北朝鮮有事はあるのでしょうか。

基本路線は外交的解決だが、年内は3つのシナリオを想定すべき

北朝鮮、米国ともに外交的解決を目指すのが基本路線です。そのことを前提として、今後年末にかけてのシナリオは大きく3つに分けられます。それは、対話か、対決か、膠着です。すなわち、

  • 対話=急転直下、米朝対話開始
  • 対決=米国による北朝鮮先制攻撃
  • 膠着=持久戦に突入

米朝対話開始のハードルは高いが、トランプ大統領の心変わりや北朝鮮の態度軟化の可能性あり

マティス米国防長官は28日、韓国訪問中に「北朝鮮の核保有は認めない」と述べました(ウォール・ストリート・ジャーナル、2017年10月28日)。これは米国の一貫したポリシーですが、北朝鮮としては到底受け入れられない条件であることは、再三述べてきた通りです。したがって、現時点では、急転直下の対話開始の可能性は低いと言えるでしょう。

ただし、交渉による北朝鮮の非核化の可能性は低く、米国安保当局者の間では、北朝鮮の核使用をどう抑止するかに議論が移行しているとの報道もあります(選択 2017年10月号)。その意味では、トランプ大統領が突如方針を変更する可能性も否定できません。

また、北朝鮮朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」は、「国家核戦略はすでに最終完成のための目標が達成された段階」とする論説を掲載しました。9月15日のミサイル発射時には完成には至っていないとの認識を示していました。最終完成には、その後少なくとも1~2回のミサイル発射実験が必要と考えられていましたが、その後北朝鮮によるミサイル発射は確認されていません。今回の対応は、北朝鮮の態度の軟化を示唆している可能性があり、対話への道を開くきっかけとなる可能性があります。

米国による先制攻撃の可能性はゼロではないが、(年内は)低い

常識的に考えれば、米軍にも相当の被害が想定される軍事的行動は控えるでしょう。5月の記者会見でマティス国防長官が語った通り、「信じられないほどの規模の悲劇」をもたらします。

ただ、トランプ大統領と金正恩氏という、常識では測り切れない行動をとる2人であることが、問題を複雑にしています。また、両軍がにらみ合う中で、偶発的な軍事的衝突の危険性も高まっています。

実際、軍事行動の予兆はあります。

まず、米中協力による南北統一後のシナリオ構築がかなり進んでいるとの報道があります。(ビジネスインサイダー 2017年9月29日)

次に、在韓米陸軍が極秘に日本本土への撤収を準備しているとの報道もあります。これは、北朝鮮有事の際に必要とされるのは空海軍が中心で、かつ、北朝鮮からの報復があった場合、陸軍は人質に取られかねないためだそうです。(FACTA 2017年11月号)

さらに、米国は非公式ではあるものの「個人資産の韓国からの引き上げ」を勧めたとのレポートがあります。(産経新聞 2017年10月22日)

加えて、トマホークがいつでも北朝鮮領内を狙い撃ちできるように配備されています。(The Foreign Policy 2017年10月18日)

また、9月23日に米国はB-1B爆撃機とF15戦闘機を「今世紀で最も北まで」飛行させています。このとき北朝鮮のレーダーが作動したかどうかは定かではありませんが、1969年には米軍の偵察機が撃墜されています。

もっとも、その時米国は4隻の空母を派遣しつつも、軍事行動には至っていません。1969年の状況と比べても、元航空自衛官の宮田敦司氏によれば、「米軍の北朝鮮への牽制はまだ及び腰」(プレジデント・オンライン2017日10月15日参照)なのだそうです。

なお、北朝鮮が先制攻撃を仕掛ける可能性も、現時点では低いでしょう。北朝鮮が最終的に勝利する可能性はほぼなく、かつ、まだ窮鼠猫を噛むほどには追い込まれていないからです。

以上、軍事行動の予兆はありつつも、現時点では本当の緊張状態に至っているとは言い難いようです。

北朝鮮は長期戦の準備も

そうなると、最も可能性が高いのは、長期戦突入です。Foresightの平井氏の記事によれば、10月の新人事において、金正恩氏は重要ポストを自身の側近で固めるとともに、「自立経済」実現のために経済面での人材を補強したようです。8月の国連安保理決議がきちんと履行された場合、北朝鮮経済に与える打撃は大きいため、それを乗り切るための措置と考えられます。これは米朝対立の長期化を見越したものと言えそうです。

逆に米国としては、経済制裁で電力等インフラに打撃を与えつつ、追加の核実験やミサイル実験に関しては軍事行動も辞さない強い態度(と実効性のある準備)に出ることで、北朝鮮の譲歩を迫る考えかもしれません。

いずれにせよ、私たちも突然の対話開始、軍事作戦の勃発も想定しつつ、長期化にも備える必要があるでしょう。

参考文献

岡田充「【スクープ】北朝鮮有事に備える中国のシナリオー想像以上に進む米中協調と核管理」 ビジネスインサイダー 2017年9月29日

「急転「米朝対話」はありうる」 選択 2017年10月号

宮田敦司 「米軍の北朝鮮への「牽制」はまだ及び腰だ」 プレジデント・オンライン 2017年10月5日

Dan De Luce, Jenna MClaughlin and Elias Groll, “Armageddon by Accident,” The Foreign Policy, Oct. 18 2017

「「韓国から個人資産の移動勧める」 非公式警告したトランプ政権高官は「申し分のない立場の人物」」 産経新聞 2017年10月22日

「「在韓米軍」が日本本土へ撤収」 FACTA 2017年11月号

「防衛相、北朝鮮情勢「年末に金箔も」富士山会合開幕」 日本経済新聞2017年10月28日

Gordon Lubold And Jonathan Cheng, “US Won’t Accept a Nuclear North Korea: Defense Secretary Mattis,” The Wall Street Jounal, Oct. 28 2017

「<北朝鮮>「核戦力目標達成の段階」初報道 対応変化示唆か」 毎日新聞 2017年10月28日

 

第31号 安保理で制裁決議が全会一致で採択。北朝鮮の次の一手は!?

今号の趣旨

日本時間の9月12日、国連安保理が全会一致で対北朝鮮追加制裁を決議しました。今号ではその意味について考えてみたいと思います。

制裁の中身

米国が当初提示した「最強の決議」案の中で、中ロが反対する部分については修正されたようです。主な内容は以下のとおりです。

原油・石油製品>

北朝鮮への原油輸出については、採択後の12か月の実績が、採択前の12か月の実績を超えないようにする

・石油精製品の輸出については、2017年10~12月は50万トン、2018年は200万トンに上限を設定

⇒ これにより、原油・石油精製品の輸出は約3割減の見込み

<資産凍結>

・資産凍結、渡航禁止対象から金正恩氏を外す

朝鮮人民軍高麗航空も資産凍結対象から外す

<その他>

・繊維製品の禁輸は残す

国連加盟国に対しては、北朝鮮労働者に就労許可を与えることを禁ず。強制送還は行わない

今回の決議に関する評価は分かれています。懸案の石油を含め、幅広い対象を盛り込み、中ロも北朝鮮の核開発を非難した今回の決議を、米ユーラシア・グループのイアン・ブレマー氏は「トランプ米政権最大の外交的勝利だ」と評価しています。一方で中ロの要求に妥協した今回の決議案を「骨抜き」と断ずる意見もあります。依然として「抜け穴」の存在も指摘されています。

北朝鮮の次の一手は!?

今回の決議案は、石油の全面禁輸や、金正恩氏を含む資産凍結・海外渡航禁止、軍事力を背景とした臨検といった、北朝鮮にとって致命傷となり得るものは排除しました。したがって現時点では、北朝鮮が追い込まれてついに「窮鼠猫を噛む」=先制攻撃を仕掛けることはなさそうです

そうなると、北朝鮮のオプションは大きく分けて2つです。「追加挑発する」か、「追加挑発しない」かです。しかしながら、国内向けに士気を保つ意味からも、「追加挑発しない」という選択肢は取りにくいでしょう。そうだとすれば、次は「いつ、どのような挑発を行ってくるのか」ということになります。

東京の上空にミサイルを飛ばす可能性もあり

本誌27~30号で解説した内容からすれば、北朝鮮のオプションは、①アメリカ本土を核攻撃する能力をつける(そのための実験を行う)、②第二撃能力(反撃能力)を獲得するための実験を行う、あるいは③7回目の核実験を行う ということになりそうです。

①については核の小型化はほぼ完成しているとすれば、後はICBMの飛距離と正確性、そして何よりも「大気圏再突入」技術の確立が課題となります。そのためにロフテッド軌道ではなく、通常軌道での実験を行う可能性は高いでしょう。

②については、予期しない時間・場所からの発射(移動含む)や、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の発射が考えられます。ただ、いずれにしてもアメリカの領土を狙うのは避けるでしょう。その際、東京の上空を飛ばす可能性は考えられます

(注:本記事公開後、9月15日午前7時頃、北朝鮮が弾道ミサイルを発射したというニュースが入りました。)

参考文献

“North Korea New Watered-Down Sanctions Leave Lifelines in Place”, The Diplomat, Sep 12 2017

北朝鮮の輸出「9割削減の効果」一連の国連制裁」 日本経済新聞 2017年9月12日

鈴木一人「「北朝鮮制裁」を骨抜きにした米国連大使の「権力欲」」 Foresight 2017年9月12日

 

第30号 なぜ北朝鮮は日本上空を通過するミサイルを発射したのか!?

8月29日早朝、北朝鮮が日本上空を通過するミサイルを発射しました。今号ではその意味について考えてみたいと思います。

北朝鮮は非常に合理的で計算高い

北朝鮮の意図はいくつか考えられますが、大きくは①外交上の目的と②安全保障技術上の目的に分けられます。

まず①外交上の目的ですが、1つは対米国での(ささやかな)緊張緩和が考えられます。グアム近辺へのミサイル発射を検討していた北朝鮮が、今回は北海道の方向にミサイルを発射してきました。

もちろん、その先にはハワイ等米国の領土が控えるとはいえ、今回発射したのはあくまで中距離弾道ミサイルの「火星12」であり(北朝鮮発表)、ハワイまでは届きません。その意味では、対米国では北朝鮮が一歩引いた感があります。

ただし、同時にグアムを狙える力を誇示したとの見方も可能です。今回のミサイルは2700km飛行しましたが、グアムは3300kmです。この600kmの差の原因はわかりませんが、今回のミサイル「火星12」でグアムを狙えるということを示したかったとも考えられます。この意味で北朝鮮は半歩進んだとも考えられます。

もう1つは逆に、対日本の緊張を高めることです。日本上空を飛行するミサイル発射は5回目ということですが、今回初めて北朝鮮から「衛星」との発表はありませんでした。安倍首相としては断固たる措置を執るしかありません。

さらに大きな問題は、今回のミサイル発射は日本にとっては深刻(と捉えざるを得ない発射)だが、米国、韓国にとってはそこまで深刻ではないということです。北朝鮮が日米韓の足並みを乱れさせようとしているとも考えられます。(もっとも、今回発射された火星12は射程距離からして日本を狙うものとは言えないようです。)

技術上の目的も考えられるが・・・

次に②安全保障技術上の目的としては、高高度に発射する「ロフテッド軌道」ではなく、通常の軌道で発射することによるデータ取得が考えられます。

ただし、これに関しては大気圏再突入に成功したかは明らかではなく、また、データを取るのであれば太平洋海上で準備しておく必要があるが、今回はそのような形跡は見られないとの指摘もあるようです。

しかしもう1点懸念を生じうるポイントがあります。それはミサイルが3つに分裂したことです。新型兵器の可能性がありますが、その点は定かではありません。

以上を総合すると、今回はどちらかと言えば①外交目的が大きく、米国を(ほんの少し)懐柔しつつ、日米韓の連携にくさびを打とうとしたと言えるのではないでしょうか。

打つ手に乏しい日本

日本は単独で北朝鮮の核ミサイル開発を抑制する手段を、ほとんど持ち得ていません。まずは国連安保理で米国とともに石油禁輸実現を目指す方向になるでしょうが、中ロの反対は必至です。

参考文献

Charlie Campbell, “North Korea’s Missile Test Over Japan Was a Carefully Calculated Move”, The Diplomat, Aug 29 2017

北朝鮮、グアム予行演習か 軌道・飛距離を意識」 日本経済新聞 2017年8月29日

松浦晋也北朝鮮のミサイル、”目標”はあくまで米国」 日経ビジネスオンライン 2017年8月30日

Yukari Easton, “Terrifyingly Rational: North Korea’s Missile Over Japan”, The Diplomat, Aug 30 2017

「『火星12の発射に成功』 北朝鮮メディア、正恩氏立ち会い」 日本経済新聞 2017年8月30日

「日米、北朝鮮への石油禁輸提起へ 経済制裁の最終手段」  日本経済新聞2017年8月30日

 

第29号 アメリカは北朝鮮と対話する気があるのか!?

第27号にて、「もう1つ、北朝鮮が提供し得る譲歩があります。それは上述の「②アメリカから先制攻撃を受けたとしても反撃できる能力」に関わるものです」と述べました。今回はその意味について考えたいと思います。

 

朝鮮半島の非核化」を前提条件から外せるかが、交渉への第一歩

北朝鮮も、アメリカも、まず第一に外交交渉による解決を望んでいるでしょう。それが現時点で難しい理由は、「朝鮮半島の非核化」に関する見解の相違です。

北朝鮮金正恩氏は、イラクフセイン大統領やリビアカダフィ大佐が、体制を転換させられるのを目の当たりにしてきました。その原因は、核兵器を持たなかったからだと考えているようです。

つまり、金正恩氏にとって非核化は、イコール、いつでもアメリカが北朝鮮の体制を転覆させられる状況にあるということであり、到底受け入れることはできない選択肢です。

他方、アメリカ側は「非核化」を旗印にしてきました。北朝鮮を核保有国として認めるわけにはいかないということです。基本的にはその点に関して譲歩はできないという立場ですが、外交誌等では、北朝鮮が核を有していることを前提に、核を使わせない方策を考えた方が良いという論調も見られます。(The Diplomat, Jul 28 2017)

仮にアメリカ側が百歩譲って「朝鮮半島の非核化」を交渉の前提条件から外した場合、27号で述べたように、北朝鮮としては「ICBMの実軌道での実験禁止」という妥協案を提示することができるでしょう。

 

北朝鮮の「報復能力」も交渉の材料となり得る

仮にそのような前提条件で交渉を始めたとして、アメリカ側から見れば、もう1つポイントがあります。

それは北朝鮮による「報復能力の獲得」です。すなわち、仮にアメリカ側が先制攻撃を仕掛けて北朝鮮の核ミサイル基地を破壊しようとしても、北朝鮮が大規模な反撃=報復を実施する能力があるならば、それはアメリカに先制攻撃を思いとどまらせる材料となります。

7月28日の北朝鮮によるミサイル発射実験はこの点を突いています。

敢えて深夜に、しかもこれまでは想定されていなかった場所から発射することによって、北朝鮮は「報復」ないし「奇襲」能力があることを示そうとしたと言われます。もっとも、これに関して韓国は事前に察知していたとの情報もあり、本当に「報復」「奇襲」能力を獲得したと言えるかは議論の余地があります。

通常、第二撃=報復能力としては、潜水艦が着目されます。実際、北朝鮮が2月に発射した「北極星2」は、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)であり、北朝鮮は報復能力の獲得を目指しているものと思われます。

このSLBMについてはまだ開発途上であり、ICBMほどの完成度には至っていないようです。だからこそ、「SLBM実験の凍結」も北朝鮮としては交渉カードになり得るかもしれません。もちろん、北朝鮮側から見れば「報復=第二撃」能力はアメリカに先制攻撃を思いとどまらせる切り札でもあり、相当な決断が必要になることは確かです。

 

まずは米韓合同軍事演習と、北朝鮮建国記念日(9月9日)に注目

そうした状況を鑑みつつ、まず当面は21日から実施されている米韓合同軍事演習に対する北朝鮮の反応と、9月9日の北朝鮮建国記念日の動向に注目が集まります。はたして何らかの大きな動きがあるのでしょうか。

参考文献

平井久志「2つのレッドラインを超えた金正恩氏(下)「石炭輸入」を中止した「中国」の真意」Foresight 2017年3月3日

Jon Wolfsthal, “Give Up on Denuclearizing North Korea”, The Diplomat, Jul 28 2017

六辻彰二「北朝鮮が「ICBM奇襲発射」で得たもの:冷戦期ソ連との比較から」 Yahoo!ニュース 2017年7月30日 https://news.yahoo.co.jp/byline/mutsujishoji/20170730-00073898/ 

平井久志「北朝鮮「今ある脅威」ICBM(上)来年にも米本土「奇襲」可能に」Foresight 2017年8月7日

第28号 なぜ北朝鮮はグアムへのミサイル発射をやめたのか?

金正恩氏は8月15日、グアムへのミサイル発射計画に関し、「アメリカの行動をもう少し見守る」と述べ、すぐにはミサイルを発射しない意向を示しました。これらの意味合いについて考えてみたいと思います。

 

 

金正恩はなぜグアムへのミサイル発射をやめたのか

今回北朝鮮がこのような態度を示した背景を探るために、直近の出来事を振り返ってみましょう。(日本時間で表示)

 

7月4日       北朝鮮大陸間弾道ミサイル「火星14」を発射

7月28日     北朝鮮が深夜に再び「火星14」を発射

8月6日       国連安保理は全会一致で追加制裁を採択。北朝鮮からの石炭等輸入禁止含む

8月10日     北朝鮮が米領グアム付近に弾道ミサイルを発射する計画を発表

8月11日     トランプ大統領が「軍事的解決の準備は整っている」とツイッターで発言

8月12日     トランプ大統領と習主席が電話会談

8月13日     トランプ大統領が中国との貿易不均衡是正を目指し、通商法301条に基づく調査開始を発表。中国での知的財産権侵害に切り込む

8月14日 中国が国連制裁を履行し、北朝鮮からの石炭、鉄鋼等の輸入禁止を発表

8月15日 マティス米国防長官がグアムを狙うミサイルが発射された場合「撃墜」と言明

8月15日     アメリカが対北朝鮮追加制裁に石油供給禁止を含める可能性示唆

8月15日     金正恩氏が「米国の行動を見守る」とし、ミサイル発射を回避

 

8月6日の国連追加制裁決議を受けて、北朝鮮はグアム近辺へのミサイル発射計画を発表します。これはICBMではありませんでしたが、明確に米国領近辺を目標としたことで、米政権内でも「グアム攻撃の場合は軍事行動も辞さない」との論調が見られるようになります。

本来であればこれは「核実験」でもなく、「ICBM」でもないのですが、米国領をターゲットとしていたことで、グレーゾーンを超えてレッドライン(=軍事行動を起こす境界線)に割り込みつつあったと言えます。

これに対しトランプ大統領は軍事行動示唆による威嚇はもちろんのこと、中国に対する圧力を強めます。ついには通商法301条に基づく知的財産権侵害調査を始めるとし、中国に実効的な圧力をかけました。

中国側としても、今は北戴河で秋の党大会に向けて人事を巡る重要会議が開かれている真最中であり、習主席としてもここで下手を打つわけにはいかなかったのでしょう。すぐさま国連制裁の履行を表明します。

アメリカはそれでも手を緩めず、追加経済制裁には北朝鮮の生命線である「石油供給禁止」を含める可能性も示唆しています。

さすがにこれには金正恩氏も参ったのかどうかはわかりませんが、その後すぐに「米国の行動を見守る」と発表し、グアムへのミサイル発射計画に関して軟化姿勢を示しました。

 

アメリカは中国・北朝鮮に対して圧力だけではなく、対話も呼び掛け

以上に加えて8月14日、マティス米国防長官とティラーソン米国務長官が連名でウォール・ストリート・ジャーナルに寄稿。「ドナルド・トランプ政権は国際社会からの支持のもと、北朝鮮に外交的および経済的な圧力をかけることで、完全かつ検証可能で不可逆的な朝鮮半島の非核化と北朝鮮の弾道ミサイル開発プログラムの解体を目指している」と述べました。

また、外交的・経済的圧力を強調しつつも同時に「わが国は外交を通して北朝鮮に方針を改めさせることを優先しているが、その外交は軍事的選択肢に裏打ちされている」と述べ、米国は軍事的選択を留保しつつも、対話を求める姿勢を明確にしていました。

この寄稿は、金正恩氏の態度を軟化させるうえで、効果があったのかもしれません。金正恩氏としても、一方的に米国の圧力に屈したと見られるような決断はしづらいでしょう。米国が対話を求める姿勢を明確にしたことで、金正恩氏としても緊張緩和に動く口実ができたとも言えます。

 

それでも「朝鮮半島の非核化」を前提条件とする限り、対話は始まらない

しかしまだまだ予断は許しません。北朝鮮は、グアムへのミサイル発射はいつでも決断可能な状況にあるとしています。また、対話を求めると言っても、対話を始める前提条件が整っていません。

これまでも筆者が再三述べてきた通り、米国は「朝鮮半島の非核化」を求めていますが、北朝鮮がそれを前提とした交渉に応じるとは考えにくいところです。突破口があるとすれば、前提条件を「ICBM実験の停止」とすることでしょう。

今月21日から米韓合同軍事演習が始まります。中国は対話の前提条件として「米韓合同軍事演習の停止」を求めています。21日まで、米国、北朝鮮、中国がどのような手を打つのか、まだまだ緊張は緩みそうにありません。

 

参考文献

Chun Han Wong, “North Korea, Trump’s ‘Fire and Fury’ Leave Beijing With Few Options”, The Wall Street Journal, Aug 11 2017

“Key Events in the North Korea Criss”, The Wall Street Journal, Aug 14 2017

「【寄稿】北朝鮮に選択を迫る=米国防長官・国務長官」The Wall Street Journal, Aug 14 2017

Ankit Panda, “North Korea Won't Be Striking the Waters Near Guam. For Now”, Diplomat, Aug 15 2017

北朝鮮、ミサイルを移動か マティス米国防長官、ミサイルがグアム直撃コースなら「撃墜する」」産経新聞 2017年8月15日

「米、国連の対北朝鮮追加制裁に石油供給停止含める可能性=外交筋」ロイター、2017年8月15日

“North Korea Backs Off Guam Missile-Attack Threat”, The Wall Street Journal, Aug 15 2017

金正恩氏「米行動もう少し見守る」 ミサイル発射巡り」 日本経済新聞、2017年8月15日